レガシー設備を活かす!スマートファクトリーへのデータ収集戦略と実践方法
はじめに
製造業の生産現場において、スマートファクトリーの実現は喫緊の課題となっています。生産性向上、品質安定化、コスト削減、さらには迅速な市場変化への対応といった目標達成には、現場データのリアルタイムな収集と活用が不可欠です。しかしながら、多くの工場では、長年にわたり運用されてきたレガシー設備が現役であり、これらの設備からいかに効率的かつ確実にデータを収集するかが大きな壁となっています。
本稿では、既存のレガシー設備からのデータ収集に焦点を当て、スマートファクトリー化に向けた現実的なデータ収集戦略と、その具体的な実践方法について解説します。生産技術リーダーの皆様が直面するであろう課題を克服し、スマートファクトリー実現の第一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。
なぜ既存設備のデータ収集が重要なのか
スマートファクトリーの中核はデータです。特に、現場で稼働している設備から収集されるリアルタイムなデータは、工場の「今」を映し出す鏡となります。このデータを活用することで、以下のようなメリットが得られます。
- 現状の正確な把握: 設備の稼働状況、生産量、不良率などをリアルタイムに把握できます。
- ボトルネックの特定: データに基づき、生産ラインや設備の非効率な箇所、停止原因などを客観的に特定できます。
- 改善活動の推進: 収集したデータを分析することで、具体的な改善施策を立案・実行し、その効果を定量的に評価できます。OEE(総合設備効率)の向上などに直結します。
- 予知保全の実現: 設備の状態データを継続的に監視することで、故障の予兆を捉え、突発的なダウンタイムを削減できます。
- 品質安定化: 製造条件データを収集・分析することで、品質変動の要因を特定し、安定した品質を維持・向上させることができます。
これらのメリットを享受するためには、新しい設備だけでなく、長年工場を支えてきた既存設備からのデータ収集が避けて通れない道となります。
レガシー設備からのデータ収集における課題
既存設備からのデータ収集には、特有の課題が存在します。
- 通信方式・プロトコルの多様性: 設備メーカーや製造年代によって、使用されているPLC(Programmable Logic Controller)の種類や通信プロトコル(例: RS-232C, RS-485, 独自プロトコルなど)が異なり、統一的な方法でのデータ収集が困難です。
- データの欠損・品質問題: 設備によっては、そもそもデータ出力機能を持たない、あるいは出力されるデータが限定的である場合があります。また、アナログ信号の劣化やノイズによるデータ品質の問題も起こり得ます。
- 物理的な制約: 設備の設置場所や配線の状況により、新たなセンサーや通信機器の設置が物理的に難しい場合があります。
- セキュリティリスク: 既存の制御ネットワーク(OTネットワーク)と情報ネットワーク(ITネットワーク)を連携させる際に、適切なセキュリティ対策を講じないと、外部からの攻撃リスクが高まります。
- 導入コスト: 新しいハードウェア(センサー、ゲートウェイなど)やソフトウェア(データ収集ミドルウェア、プラットフォーム)の導入にはコストがかかります。
- 現場オペレーターへの影響: 新しいシステム導入や運用方法の変更が、現場オペレーターの業務に影響を与える可能性があります。
これらの課題を踏まえ、現実的かつ効果的なデータ収集戦略を立てる必要があります。
スマートファクトリー化に向けたデータ収集戦略
効果的なデータ収集戦略を構築するためには、以下のステップで検討を進めることが推奨されます。
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目的の明確化:
- 何のためにデータを収集するのか?(例: OEE向上、不良率低減、設備稼働率監視、予知保全など)
- どのような設備から、どのようなデータが必要なのか?
- 収集したデータをどのように活用したいのか?(可視化、分析、アラート、他システム連携など) 目的を明確にすることで、収集対象や必要な技術要素が定まります。
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対象設備の選定と優先順位付け:
- 全ての設備に一度に手を付けるのは困難です。まずは、ボトルネックとなっている設備、データ活用による効果が大きいと見込まれる設備など、優先度の高い設備から着手します。
- 設備の状態(新旧、メーカー、制御システム)や、データ取得の容易さなども考慮に入れ、現実的な範囲で対象を選定します。
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収集データの項目選定:
- 目的達成のために必要な最小限のデータ項目を選定します。
- 例: 稼働/停止状態、生産数、サイクルタイム、エラー情報、センサー値(温度、圧力、振動など)、エネルギー消費量など。
- 既存設備が出力可能なデータ、追加センサーで取得可能なデータを洗い出します。
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データ収集方法の検討:
- 対象設備のデータ出力能力に応じて、最適な収集方法を検討します。
- PLCからのデータ取得: 設備にPLCが搭載されていれば、通信モジュールやゲートウェイを介してデータを取得できる可能性があります。対応可能なプロトコル(Modbus, EtherNet/IP, OPC UAなど)を確認します。
- I/O信号の直接収集: 設備のランプやスイッチの信号をデジタル/アナログ入力モジュールで直接取得する方法です。PLCがない場合や、ごく簡単な状態把握に有効です。
- センサーの後付け: 既存設備に温度センサー、振動センサー、電流センサーなどを後付けし、無線通信などでデータ収集する方法です。設備に手を加えずに状態監視が可能になります。
- 画像認識/音声認識: カメラやマイクで設備の稼働状態や異常音を検知し、AIで解析してデータ化する方法です。
- 産業用PC/ゲートウェイの活用: 異なるプロトコルを持つ設備からのデータを集約し、上位システムへ連携するための変換・集約装置として活用します。エッジコンピューティングの機能を持つものもあります。
データ収集基盤の実践構築ステップ
具体的なデータ収集基盤の構築は、以下のステップで進めることが一般的です。
ステップ1: 現状調査と課題特定 対象設備の仕様(PLCの種類、I/O点数、利用可能なポートなど)、既存ネットワーク構成、現場の運用状況を詳細に調査します。データ収集における技術的・物理的な課題を明確に特定します。
ステップ2: パイロットプロジェクトでの検証(スモールスタート) 全ての設備に一度に導入するのではなく、特定の設備やラインでパイロットプロジェクトを実施します。選定したデータ収集方法が有効か、技術的な問題は発生しないか、期待する効果が得られるかなどを小規模で検証します。これにより、本格導入におけるリスクを低減できます。
ステップ3: 技術選定と設計 パイロットでの知見を踏まえ、本格導入に使用するハードウェア(センサー、ゲートウェイ、産業用PCなど)、ソフトウェア(データ収集ミドルウェア、データプラットフォーム、可視化ツールなど)を選定します。ネットワーク構成、データフロー、セキュリティ対策を含めたシステム全体の設計を行います。OTネットワークとITネットワークを適切に分離し、必要な箇所のみ安全に接続する設計が重要です。
ステップ4: 実装とデータ収集基盤構築 選定した機器の設置、配線、ソフトウェアのインストールと設定を行います。PLCからのデータ読み出しプログラムの実装、後付けセンサーからのデータ受信設定、ゲートウェイでのプロトコル変換設定などを進めます。収集したデータを一時的に保持したり、前処理を行うためのエッジコンピューティング環境を構築する場合もあります。収集したデータを蓄積するデータベースやデータレイクの構築もこの段階で行います。
ステップ5: データ可視化・分析と改善活動 収集したデータをリアルタイムに監視できるダッシュボードを構築します。稼働率、生産数、アラーム発生状況などが一覧できることで、現場や管理者が状況を把握しやすくなります。蓄積したデータを分析し、ボトルネックや改善の機会を特定します。分析結果に基づき、設備の調整、作業手順の見直し、保全計画の最適化などの改善活動を実行します。
ステップ6: 標準化と展開 パイロットプロジェクトや初期導入で得られたノウハウを標準化し、他の設備やラインへ展開します。データ収集方法、使用する機器、システム構成、運用方法などを標準化することで、スムーズかつ効率的な横展開が可能になります。
セキュリティと運用上の注意点
データ収集基盤の構築・運用においては、セキュリティと現場との連携が特に重要です。
- セキュリティ対策: OTネットワークへの不正アクセスは、生産停止や品質問題に直結する重大なリスクです。ファイアウォールによる適切なネットワーク分割、アクセス制御、VPN利用、定期的な脆弱性診断など、多層的なセキュリティ対策を講じる必要があります。データ転送時の暗号化も考慮します。
- 現場オペレーターとの連携: データ収集や新しいシステム導入は、現場の協力なしには成功しません。システム導入の目的やメリットを丁寧に説明し、現場オペレーターの理解と協力を得るためのコミュニケーションが不可欠です。データ入力が必要な場合は、現場の負担にならないような配慮が必要です。
- システム運用・保守: 構築したデータ収集基盤が安定して稼働するための運用体制を確立します。機器の監視、ソフトウェアのアップデート、データのバックアップなどを計画的に実施します。
具体的な導入事例(架空)
ある自動車部品工場では、古いプレス機や溶接機といったレガシー設備が多く稼働しており、正確な稼働状況やチョコ停の原因把握が困難でした。スマートファクトリー化の第一歩として、これらの設備からのデータ収集に着手しました。
- 課題: PLCが古く通信機能が限定的、一部はPLCなし。稼働/非稼働は目視での記録のみ。
- 導入方法:
- PLCが搭載されている設備には、対応プロトコルをサポートする産業用ゲートウェイを設置し、PLCから稼働信号やエラーコードを取得。
- PLCがない設備や、詳細な状態を把握したい設備には、電流センサーや振動センサー、温度センサーを後付け。これらのセンサーは無線(LoRaWANを使用)でデータを送信。
- 収集したデータは工場のローカルサーバーに設置されたデータ収集ミドルウェアで集約し、クラウド上のデータプラットフォームに連携。
- データプラットフォーム上でデータの可視化ダッシュボードを構築。現場のモニターや管理者のPCでリアルタイムに稼働状況を確認可能に。
- 効果:
- 設備の稼働率が正確に把握できるようになり、非稼働時間の原因分析が進みました。
- チョコ停の原因がデータから特定できるようになり、改善活動のスピードが向上。特定のラインでOEEが15%向上。
- 振動センサーデータを分析することで、設備の異常予兆を捉え、計画的な部品交換が可能となり、突発的なダウンタイムを30%削減。
- 現場オペレーターもリアルタイムな稼働状況を確認できることで、自主的な改善意識が向上。
この事例のように、既存設備の状態に合わせた複数のデータ収集技術を組み合わせることで、大きな設備投資を伴わずにスマートファクトリー化の成果を出すことが可能です。
まとめ
レガシー設備からのデータ収集は、スマートファクトリー実現に向けた挑戦であると同時に、現実的な第一歩でもあります。通信プロトコルの違いや物理的な制約といった課題はありますが、産業用ゲートウェイ、後付けセンサー、画像認識といった技術を活用し、スモールスタートで検証を進めることで、これらの課題を乗り越えることができます。
重要なのは、データ収集そのものが目的ではなく、収集したデータを活用して生産現場の課題を解決し、具体的な効果(生産性向上、品質改善、コスト削減、ダウンタイム削減など)を生み出すことです。セキュリティ対策を万全にし、現場との密な連携を図りながら、着実にデータ活用による改善活動を進めていくことが、スマートファクトリー実現への確かな道となります。
生産技術リーダーの皆様には、既存設備のポテンシャルを最大限に引き出すデータ収集戦略を立案・実行し、工場のデジタル化を力強く推進していただくことを期待いたします。