PLC、SCADA、センサーからのデータ収集と統合:スマートファクトリーのための現場データ活用基盤構築実践ガイド
はじめに:スマートファクトリーの成否を握る「現場データの収集・統合」
製造業の生産技術部門リーダーの皆様におかれましては、日々の生産性向上や品質改善に取り組む中で、現場の膨大なデータが十分に活用できていない現状に課題を感じていることと存じます。スマートファクトリーの実現は、まさにこの「現場データの徹底活用」にかかっています。
しかし、生産現場にはPLC、SCADA、各種センサー、検査装置など、多様なシステムや機器が存在し、それぞれが異なるプロトコルやデータ形式で情報を保持しています。これらのデータがサイロ化され、リアルタイムでの収集・統合・分析が困難であることが、データ活用を阻む大きな壁となっています。
本稿では、スマートファクトリーの実現に向けた第一歩として、生産現場の多様なデータを効率的に収集し、標準化・統合して活用可能な基盤を構築するための具体的な技術、手法、そして実践的なステップについて解説いたします。
生産現場のデータサイロ化がもたらす具体的な課題
生産現場におけるデータのサイロ化は、以下のような具体的な課題を引き起こします。
- リアルタイム性の欠如: データの収集・集計に時間がかかり、異常発生時の即時対応や、変化への迅速な適応が困難になります。
- 手作業による負担: 複数のシステムから手作業でデータを収集し、Excelなどで集計・分析している場合、多大な工数とヒューマンエラーのリスクが発生します。
- システム間の連携不足: 生産情報(MES)、設備情報(SCADA)、品質情報(検査システム)などが分断され、全体最適に向けた統合的な分析や制御ができません。
- データ形式のバラつき: 機器やベンダーによってデータ形式が異なるため、データの標準化や統合に専門知識と手間がかかります。
- 過去データの蓄積・分析の限界: リアルタイムデータだけでなく、過去の傾向分析や予知保全に必要な履歴データの長期的な蓄積・活用が困難になります。
これらの課題は、生産性向上、品質改善、コスト削減といったスマートファクトリーが目指す目標達成を妨げる要因となります。
スマートファクトリーに必要なデータ収集・統合基盤の要件
データサイロ化を解消し、スマートファクトリーを支えるデータ基盤を構築するためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 多様なデータソースへの対応: PLC、SCADA、各種センサー、ロボット、MES、検査装置など、現場に存在するあらゆる種類の機器・システムからデータを収集できること。
- リアルタイム性: 現場の状況を正確に把握し、迅速な判断や制御を行うために、データを遅延なくリアルタイムで収集できること。
- 信頼性と安定性: 過酷な現場環境においても、データの欠落やシステム停止なく、安定して稼働できること。
- データ標準化と構造化: 収集した多様な形式のデータを、後工程での分析や活用に適した標準的な形式に変換・整理できること。
- セキュリティ: OTネットワークの安全性を確保し、データの不正アクセスや改ざんを防ぐ厳重なセキュリティ対策が施されていること。
- 拡張性と柔軟性: 新たな設備やセンサーの追加、システムの変更に容易に対応でき、データ量が増加してもパフォーマンスを維持できること。
多様な現場データソースからの具体的な収集技術と手法
生産現場には様々なデータソースが存在します。それぞれの特徴を踏まえ、適切な収集技術を選定することが重要です。
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PLCからのデータ収集:
- 技術: イーサネット/IP、CC-Link IE Field、PROFINETなどの産業用イーサネット、Modbus TCP/IP、OPC UAなど。
- 手法:
- PLCが標準で備える通信機能やミドルウェアを利用する。
- OPC UAサーバー機能を内蔵したPLCや、外部のOPC UAサーバーを介してデータを収集する。
- データコレクターやエッジゲートウェイを設置し、各種プロトコルを変換して上位システムに送信する。
- ポイント: 各PLCメーカーの対応プロトコルを確認し、目的とするデータ(運転状態、生産数、エラー情報など)へのアクセス方法を確立します。
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SCADA/HMIからのデータ収集:
- 技術: データベース接続(ODBC/JDBC)、API連携、ファイル出力、OPC接続(DA/HDA/UA)。
- 手法:
- SCADA/HMIの持つ履歴データベースや設定情報に直接アクセスする。
- SCADA/HMIがOPCサーバーとして機能する場合、OPCクライアントから接続する。
- レポート出力機能を活用し、定期的にファイル形式でデータを取り込む。
- ポイント: SCADA/HMIが保持するデータ範囲や履歴深度を確認し、必要な情報を効率的に取得できる方法を選択します。
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各種センサーからのデータ収集:
- 技術: 有線(Ethernet, RS-485, アナログ/デジタル入出力)、無線(Wi-SUN, LPWA, Wi-Fi, Bluetooth, EnOceanなど)、IO-Link。
- 手法:
- センサーに直接接続可能なデータロガーやPLC、または専用のセンサーゲートウェイを利用する。
- IO-Link対応センサーの場合は、IO-Linkマスターを介してデータを収集し、上位ネットワークに接続する。
- 無線センサーの場合は、対応するレシーバーやゲートウェイを設置し、ネットワークに接続する。
- ポイント: センサーの種類(温度、湿度、振動、電流、圧力、画像など)、必要なデータ頻度、設置環境(電源、通信安定性)を考慮して適切な技術を選定します。
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検査装置や専用設備からのデータ収集:
- 技術: シリアル通信(RS-232C)、ネットワーク通信、API、ファイル出力、画像データ。
- 手法:
- 専用の通信インターフェースやAPIを通じて直接データを取得する。
- 出力されるログファイルやCSVファイルを定期的に収集する。
- 画像データの場合は、ネットワーク経由やストレージ経由で転送する。
- ポイント: ベンダー固有の仕様やデータ形式が異なる場合が多く、連携には個別対応が必要になる場合があります。
収集したデータの標準化と統合
多様なデータソースから収集したデータは、そのままでは分析や活用が困難です。共通の形式に標準化し、一元的に管理するデータ基盤に統合する必要があります。
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データ形式の標準化:
- 手法: 収集した生データに対し、プロトコル変換、データ型変換、単位変換、欠損値補完などの前処理を行います。産業界で注目されているOPC UA Information Modelのようなデータモデルを活用し、意味論的な標準化を行うことも有効です。
- ポイント: データの意味(例: 温度、圧力、稼働フラグなど)を明確にし、共通の命名規則や単位系を定義します。
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タイムスタンプ管理:
- 手法: 収集した全てのデータに正確なタイムスタンプを付与します。これにより、異なるソースからのデータを時系列に沿って正確に紐づけることが可能になります。可能な限り、データの発生源でタイムスタンプを付与することが望ましいです。
- ポイント: 現場機器、エッジゲートウェイ、データプラットフォームなど、各レイヤーでの時刻同期を徹底します。
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データ統合基盤の構築:
- 手法: 収集・標準化されたデータを集約するためのデータレイクやデータプラットフォーム(例: クラウド上のIoTプラットフォーム、オンプレミスのデータヒストリアンなど)を構築します。データ統合ツールやETLツール(Extract, Transform, Load)を活用し、多様なデータを一元管理できる状態にします。
- ポイント: 後工程でのデータ活用(分析、可視化、AI学習など)を想定し、データの検索性やアクセス性を考慮した設計とします。また、マスターデータ(設備構成情報、部品情報、生産計画など)との連携も重要です。
スマートファクトリーにおけるデータ収集・統合アーキテクチャ例
一般的なスマートファクトリーにおけるデータ収集・統合のアーキテクチャは、以下のような階層構造をとることが多いです。
- 現場レイヤー (OT): PLC, SCADA, センサー, ロボットなどの機器・システムが稼働。データの発生源。
- エッジレイヤー: データコレクター、産業用PC、エッジAIデバイスなどを配置。現場データの収集、プロトコル変換、前処理、リアルタイム分析、デバイス制御などを行う。OPC UAやMQTTといった軽量かつリアルタイム性のあるプロトコルが活用されます。
- 収集・統合レイヤー: エッジで収集・前処理されたデータを集約し、標準化・構造化を行う。データヒストリアン、メッセージブローカー(MQTT Brokerなど)が配置される。
- プラットフォーム/データレイクレイヤー (OT/IT連携): 収集・統合されたデータを一元的に蓄積する。IoTプラットフォーム、データレイク、データウェアハウスなどが該当します。ここでOTデータとITデータ(生産計画、部品マスター、MES情報など)の統合が行われます。
- 活用レイヤー (IT): 蓄積・統合されたデータを分析、可視化、AI/機械学習モデルによる予測・最適化などに活用する。BIツール、分析プラットフォーム、AIプラットフォームなどが利用されます。
この階層構造において、エッジレイヤーは現場に近い場所でリアルタイム処理を行い、収集・統合レイヤー以上で広範なデータ分析やシステム連携を実現するという役割分担が重要です。
データ収集・統合基盤構築の実践ステップ
データ収集・統合基盤を構築するための実践的なステップをご紹介します。
- 現状分析と課題の特定: 現在の生産現場でどのようなデータが、どのシステムに存在し、どのように収集・活用されているか(あるいはされていないか)を詳細に調査します。データサイロ化による具体的な課題を特定し、データ活用の目的(生産性向上、品質改善、予知保全など)を明確にします。
- 目標設定とユースケース定義: 特定した課題を踏まえ、データ収集・統合によって何を達成したいのか、具体的な目標(例: OEE〇%向上、不良率〇%削減など)を設定します。その目標達成に貢献する具体的なデータ活用ユースケース(例: リアルタイム稼働監視ダッシュボード、設備異常予兆検知システムなど)を定義します。
- データソースと収集要件の洗い出し: 定義したユースケースに必要なデータソース(どの設備、どのセンサー、どのシステムからデータが必要か)を特定し、それぞれのデータ種類、形式、必要な収集頻度、データ量、リアルタイム性といった要件を詳細に洗い出します。
- 技術・ソリューションの選定: 洗い出した要件に基づき、最適なデータ収集技術(プロトコル、通信方式)、データコレクター/ゲートウェイ、データ統合ツール、データプラットフォームなどの技術・ソリューションを選定します。既存設備との互換性、拡張性、セキュリティ、コストなどを総合的に評価します。
- アーキテクチャ設計: 選定した技術・ソリューションを組み合わせ、全体のデータ収集・統合アーキテクチャを設計します。データの流れ、各レイヤーの役割、システム間の連携方法などを具体的に定義します。
- パイロット導入(スモールスタート): 全ての設備・ラインに一度に導入するのではなく、特定のラインや設備、または特定のユースケースに絞ってパイロット導入を行います。これにより、技術的な課題や現場での運用課題を早期に発見し、改善することができます。
- 本格展開と運用: パイロット導入で得られた知見を活かし、対象範囲を段階的に拡大しながら本格展開を進めます。導入後は、システムの安定稼働に向けた運用体制を構築し、継続的な改善に取り組みます。現場オペレーターや保守担当者への技術トレーニングも不可欠です。
セキュリティに関する重要な考慮事項
OTネットワークとITネットワークを接続し、現場データを収集・統合する際には、セキュリティ対策が極めて重要です。
- OTネットワークの保護: ファイアウォールによるネットワーク分離(セグメンテーション)を行い、不要な通信を遮断します。OTネットワークへのアクセス制御を厳格に行います。
- データの暗号化: 収集・送信されるデータは、通信経路上で暗号化します。
- 認証とアクセス制御: データ収集を行うデバイスやシステム、そしてデータにアクセスするユーザーに対して、適切な認証と権限管理を行います。
- 脆弱性対策: 利用する機器やソフトウェアの脆弱性情報を常に把握し、必要なアップデートやパッチ適用を速やかに行います。
- 監視とログ: 不正アクセスや異常な通信を検知するための監視体制を構築し、ログを取得・分析します。
これらの対策は、生産活動の停止や機密情報の漏洩といった重大なリスクを回避するために不可欠です。
成功へのポイント:現場との連携と段階的アプローチ
データ収集・統合基盤の構築を成功させるためには、技術的な側面に加え、以下のポイントが重要です。
- 現場オペレーターとの連携: 現場の状況やニーズを深く理解し、データ活用の目的やメリットを丁寧に説明し、協力を得る姿勢が不可欠です。新しいツールの使い方やデータ入力に関するトレーニングも実施します。
- 段階的な導入: 一度に全てを変えようとせず、小さく始めて成功事例を積み重ねることで、関係者の理解と協力を得やすくなります。
- 目的意識の共有: データ収集・統合自体が目的ではなく、それを通じて生産性向上や品質改善といった具体的な成果を出すことが目的であることを、関係者全体で共有します。
まとめ
スマートファクトリーの実現には、生産現場に眠る多様なデータを効率的に収集・標準化・統合し、活用可能な基盤を構築することが不可欠です。本稿でご紹介した具体的な技術やステップを参考に、皆様の現場におけるデータ活用の課題解決と、スマートファクトリー化への着実な一歩を踏み出していただければ幸いです。
データ基盤の構築は容易な道のりではありませんが、適切な計画と実行、そして継続的な改善によって、必ずや大きな成果へと繋がるものと確信しております。